2022年11月01日
来年の豊川での展示の打合わせ、豊川海軍工廠
来年の豊川での展示打ち合わせ(10月7日)

ダキシメルオモイ実行委員会の方々が関わっている豊川海軍工廠の慰霊碑の毎月七日(月命日)の掃除があるというので参加してきました。

東洋一と言われた豊川海軍工廠に全国から最盛期では5万人が働いていた軍需工場、終戦間際の8月7日、空襲により2500名の命が奪われました。海軍工廠のあった敷地に隣接する豊川稲荷の境内にありました。
落ち葉、花入れなどの掃除をして、花屋さんから提供された花を活けて、


八七会によって毎月の月命日である7日に掃除供養がされてきました。
高齢化によって数年前に解散、維持管理は豊川稲荷、正式には妙厳寺というお寺にお願いしたそうです。
写真は八七会の輪袈裟?

花を生ける花入れの中を掃除
たくさんの花が活けれるように工夫された手作りの花入れ、
遺族によるたくさんの献花があったこと,
そしてその生花を長く持たせてあげたい
そうしたオモイを感じました。

その後、車で3分ほどの海軍工廠敷地内に作られた平和公園にも行きました。
ガイドをしていただきました。

海軍工廠の一角、爆薬保管庫のあった区画が残されて平和公園として整備されていました。
こんもりした丘みたいなのが爆薬保管庫

30分の間に124機のB29によって3256発の500ポンド爆弾が豊川海軍工廠に落とされました。
写真は爆弾の着弾跡、コンクリートの側溝が壊れています。

爆薬保管庫中央通路
運搬用のトラックの荷台と同じ高さに作られた通路

爆薬を安全に保管するため保管庫内部は
気温と湿度を一定に保つように二重構造にしていたそうです。

高さ5mの土塁

その土塁に囲まれるよう、中央部に爆弾の起爆装置の信管を保管するために作った建物がありました。

空襲を避けられた当時の工作機械
もっと残っていたそうですが、GHQに接収されたそうです。豊川に唯一残っている2台。

万一、爆発した場合、爆発のエネルギーが抜け易いように天井の作りは簡易式に

石碑からは愛知県豊川市にあった海軍工廠へ全国からたくさんの子どもたちが集められたのがわかります。


以前、金沢市内の卯辰山に建つ石川県から豊川海軍工廠に働きに来て
亡くなられた52名の女子挺身隊の慰霊碑を見つけて手を合わせたのを思い出しました。(写真は金沢市内に建つ慰霊碑)
豊川海軍工廠
◯事前に空襲予告があったが工場を稼働したこと
全国の他の工場では休みにしていた
◯空襲当時、工場の東西南北にある門が当時閉められていたこと、工場長の指示がないと開けることが出来なかった
◯工事長は地下深くの防空壕に避難して地上の様子が分からなく指示が出来なかった
◯働く人たちへは、屋根の無い簡易的な防空壕だけだったこと
が全国でもこれだけ被害を大きくさせた要因だと聞きました
来年の豊川での展示に
豊川に暮らす家族、そこに流れるオモイと願いを感じて描いていけたらと思いました。

帰りに展示会場近くの氏神さま参り、会場近くに建つ豊川稲荷に展示場所を借りすること、ご縁を繋いでいただいたお礼参り

ダキシメルオモイ 豊川展
2023年2月18日(土)19日(日)
豊川市、桜ヶ丘ミュージアム