2015年03月20日

【豊橋別院】『ダキシメルオモイプロジェクト』展 3/26~4/10

ダキシメルオモイ 佐々木るり 真行寺 福島県
作品展『 ダキシメルオモイプロジェクト 』

日時:2015年3月26日(木)~4月10日(金) AM9時~PM5時

場所:真宗大谷派豊橋別院1F研修室ギャラリー( 愛知県豊橋市花園町8 )


研修室ギャラリーにて作品とモデルさん家族からいただいたメッセージを添えて展示させていただきます。

お時間ありましたら観ていただけたら嬉しいです。


~その他の3月展示予定~

3/22日(日)~24日(火)【新潟】真宗大谷派 三条別院

2/4日~3/25日(水)【京都】真宗大谷派 東本願寺

3/26日(木)~4/10日(金)【愛知】真宗大谷派 豊橋別院

新潟の3日間、京都の25日最終日午後、豊橋の26日の初日午後、会場に居ます
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Posted by 小林憲明 at 10:25展覧会「ダキシメルオモイ」日記

2015年03月17日

『震災から4年たって』~その5~

避難したら気持ちは楽になる、そう思っていたけれどどのくらい楽になれたのかな
いつまで離れて暮らしたらなんて、期限すら分からない 離れれば離れるほど、
母と言う自分を襲うあの時の後悔と不安は、いつもあなた達を苦しめてはいないだろうか

けなげに笑うまだ幼かったあなた逹。
あの時の見えない恐怖と隠してしまった悲しみは全部私に預けていいからね。
ずっと笑っていて ずっと悲しまないで あなた逹が何処へいこうとも、ずっと傍にいるからね

雪が溶けたら、4年目の春がやって来ます いろんなものを手放して、
そうして気づいたのはあなた達を守りたいと言う思い 愛しいと感じるこの思い

これだけで 私は 闘っていける

(福島県 ⇒ 新潟県 二児の母親)


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2015年03月16日

【新潟・三条別院】『ダキシメルオモイ』展3/22~3/24

新潟県、三条別院さま 本堂にて※(写真はリハーサルの様子)



場所:【新潟】真宗大谷派 三条別院 本堂内

日時:2015年3月22日(日)~24日(火) (お彼岸法要期間中)

22日:12時半~16時

23,24日:9時~16時

22日(日)午後1時半からダキシメルオモイ、プロジェクトのお話も少しさせていただきます。

【住所】 新潟県三条市本町2丁目1-57 

【電話】 (別院) 0256-33-0007 (教務所) 0256-33-2805

【FAX】 0256-33-2847

三条別院は元禄時代創建の、東本願寺(京都)の別院。

北陸最大級の本堂(約400畳)にて震災以降、全国で描き紡いできた親子のダキシメルオモイたちを展示させていただきます。

会期中、3日間会場に居ますのでお気軽にお声掛け下さい


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Posted by 小林憲明 at 07:15展覧会「ダキシメルオモイ」日記

2015年03月14日

東本願寺 3月11日特別展  


一日だけ東本願寺、大寝殿をお借りしてダキシメルオモイ展示させていただきました

壇上には福島の親子、自主避難した親子

前日、会場入りして搬入、飾り付け

夕方までかかりましたが無事に飾り付け終了

この雨戸が外せるといいのですが、こればかりは当日の天候次第

作品が転倒する為に無風または微風までが雨戸をあける展示の条件

今まで数々の現場では無風の状態での展示ばかりだった(神がかり的です)ので

今回も、もしかしたらという一抹の期待を込めて

粉雪が舞い散る中、作業終了。

一晩たってみると・・・




奇跡的に無風

見事な青空です☆


合計27枚の雨戸を全て解放させていただくことに☆

この日、全国では大荒れの天気

ここ東本願寺でも少しずつ風が強まってきまして

風向きが変わるお昼以降は雨戸を閉めざるを得ないかな?

出来れば16時終了までもって欲しいとの祈りが届いたのか

ここ大寝殿、中庭を含めて終日、穏やかな状態で展示出来ました。




震災以前から子を思い原発関係でいろいろな活動されてきた宇野朗子さんの作品もギリギリで間に合い

(間に合わなかった方々、スミマセンm(__)m)

宇野さんにも来ていただいて分身に逢ってもらえました。

それぞれの親子のオモイは小さいけれど

こうしてひとつの大きな場所で展示することで

お互いのオモイを打ち消すことなく

かえるの輪唱のような

大きなメッセージになるんだなと

それが観る人に伝わるのが嬉しく

有り難かったです


こうした素晴らしい場所を 

東日本大震災から4年目という節目でお貸しいただいた

東本願寺の関係者の皆様、モデルで参加していただいた皆様

気にかけ関わっていただいた皆様

ここまで来るのにたくさんの協力いただいた皆様

ありがとうございました

これからもか弱いですが

ボディーブローのように急所を打ち続けるような

活動をしていきます

お付き合いいただけたら嬉しいです



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Posted by 小林憲明 at 23:32展覧会「ダキシメルオモイ」日記原発

2015年03月10日

『震災から4年たって』~その4~

311以降、微震が続く関東で未だ小さい君は、
地震の度に携帯アプリの警戒音にビックリして、
すぐ抱きついて来た。

今年は原発事故から4年目。
君が生まれた新宿を離れてから今年で3年目。
保育園もすぐに移住決断出来ずにいることで
待機児童がいるからと退園させられ
大好きなお友達からも離れてしまった。

しばらく言葉の成長も止まってしまったね。

でもね、そのキラキラした目を見ていると、
何が何でも命があるから護らないといけないと思った。
だって、君はアメリカと日本との家族の象徴なんだ。
遠い国の家族がみんな君の成長を見守っている。

そして今、事故から4年目。
小学校2年生になる前に知った身体の成長からもママは
結果、移住は大変だけれど、本当に良かったと思う。

生まれる前に、夢で会った君が教えてくれた。
身長がママよりずっと大きい君がママを呼ぶ声で振り返ると
身長がグンと伸びた10代の君がいた。
絶対大きく育つってことを教えてくれたよ。

だから、ママはそれが現実になるように護るのがお仕事。
家族だって、たった一度の出会いじゃないか。

逃げることは負けじゃないよ。
生きようとしないことが負けだからね。
だって、命があるんだから。

(東京都 ⇒ 福井県 一児の母親)



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2015年03月09日

『震災から4年たって』~その3~


年末年始も故郷に帰れず 気を紛らわせるために旅行に行った。

でも、帰ってきたら やっぱり悲しくなって泣いた。

いつになったら帰れるの?

いつになったら家族3人で暮らせるのか。

今年で原発事故から4年経つ。

こんなこと問いかけても 答えは出ない。

だから "今を生きぬこう"

小さな幸せをたくさん見つけよう。

明けない夜はないのだから

頑張らない でも 一生懸命生きる

(埼玉県 ⇒ 愛知県 二児の母親)

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2015年03月09日

『震災から4年たって』 ~その2~

あなたの笑顔がこの先も守られますように。
明日もあなたをこの腕に抱きしめられますように。
どうか、どうか健康でありますように。

あれから4年が経つ。
原発から離れているから大丈夫。避難勧告が出てないから大丈夫。
大震災、津波、原発事故による強制避難と自分たちよりも他にもっともっと大変な人達がいる。
住む家もある、住宅ローンの支払いも残ってる、避難や保養に行ける金銭的な余裕は全くない。
何よりも福島が大好き。ここ福島で生きてゆくと思っていました。

でも原発事故の真相が日々明らかになっていく中、子育てへの不安もどんどん大きくなって、
子どもを守りたい!守りたいけれど一体どうすればいいのだろうと、途方に暮れ泣いた日もありました。
そんな折、住宅の借り上げや避難者の受け入れ先、そして支援してくださる方々の存在を知り救われました。
避難先を決め、数年しか住んでいない家を残し、大好きな福島を後にしました。

今年もきっと福島の桜はきれいに咲くのだろうな~。
自宅の庭の花々はどうしたろう。お友達はどうしているのだろう。両親は今日も元気だろうか・・・。
ふるさとに思いを寄せては 恋しくて切なくって、そして悔しくなります。

4年も経つのにまだまだ、ぎこちない生活を送っている感じがするのは「避難者」という言葉のせいもあります。
でも避難者だからこそ訴えられることもある。伝えられることもある。
その他にも「避難者」という言葉を外そうにも外せない現実もあり複雑です。

「やっぱり お家がよかったな」と子ども達もいう。
安心して暮らせた我が家。そこには今にはない幸せがありました。
避難していろいろな苦労もあり、後悔したりもするけれど・・・、

前だけ向いて行こう。
足りない物、失った物を数えない。
増えたものだけを数えよう。

新しい出会いがたくさんあって。
人の温かさにたくさん触れて。
人と人との繋がりに、ただただ感謝の気持ちでいっぱいです。

沢山の方々に支えていただいて今があります。
あとはどうか 子どもの未来がもっと安全であることを願うばかりです。

(福島県郡山市 ⇒ 新潟県 三児の母親)


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2015年03月09日

『震災から4年たって』


『震災から四年たって』

この子が震災の時は幼稚園に通っていました。
いまでは立派にランドセルを背負って小学校に通っています。
いまは私の仕事の都合で福島から長野に転校し、もうすぐ四年生です。

長野は自然もいっぱいで子供たちはいつも元気に遊んでいます。
外で何も気にすることなく遊べるので親としても安心してます。

先日、彼女にある質問をしました。
『長野に来て友達いっぱいできたし、ずっと長野に住んでもいいよね?』
と何気なく質問すると『でも福島に戻りたいな』と言いました。

三年生にもなれば放射能の怖さもわかります。
震災で辛い経験もさせたし色んな苦労もあることを知りながら、
福島で暮らしていきたいという彼女に成長を感じて、少し誇らしくもありました。

この先こんな風にダキシメルことも出来ない位に子供はあっという間に成長していくのかなぁと思うと、少し寂しくもあります。
でもそれもまた子供の成長なんですね。

福島に戻れる日を願いながら、この一瞬一瞬を楽しみたいです。

(福島県⇒長野県 三児の父親)



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