2021年04月24日
掲載いただいた中学校の教科書が届きました。

ダキシメルオモイが掲載された中学校の教科書「ビジュアル公民」(東京法令出版)が届きました

【現代の科学と芸術・宗教】の特集ページ

そこの現代社会と芸術の欄に
ダキシメルオモイを掲載いただきました
美術でなくて公民というのがダキシメルオモイらしいところでしょうか

東日本大震災、原発事故の翌年からスタートしたダキシメルオモイ プロジェクト
9年間で360家族取材、214家族完成
総勢591名(犬7匹、猫11匹含む)の家族を描かせていただきました
取材と展示で走った総走行距離40万キロ…
そのモデルさん家族たちのオモイ、いままで繋がっていただいた方々のオモイ
たくさんのオモイのおかげさまです
繋がっていただきありがとうございます
これに慢心せず引き続きフィルターに徹して
これからも出会う家族のオモイと受け継がれた願いを麻布に描き続けていきたいと思います
もう二度と同じオモイをする人が出ませんように
無関心な人や知らなかった人たちに思いが届きますように
#ダキシメルオモイ
#なかったことにさせない
#絵にふれたひとびとの心に何が灯せるかそれが大切
#西日本も取材します
2021年04月20日
もやい展、無事終わりました。
東京都江戸川区にあるタワーホール船堀で開催された『もやい展』
無事、滞りなく終わりました。

2021年タワーホール船堀 なんと8日間で来場者4233名、
たくさんの方々にもやっていただきました
今回は美術、芸術だけでなく演劇、音楽の、ジャンルの違う表現者たちがそれぞれの力を持ち寄って開催した
” もやい展 ” よりたくさんの人たちの心に直に働きかけることが出来ました
表現者のこうした力がこれからもっと必要になってくるなぁと実感した展覧会になりました

搬入前に会場の船堀地区の氏神様である船堀日枝神社に、船堀の地での もやい展の開催を報告、8日間の無事をお願いしました
いつもの展覧会前ルーティン
高鳴る気持ちを鎮めてから会場入り

広いホールを11分割したうちのひと区画、ダキシメルオモイにいただいた場所になります

事前に同寸法のミニチュアを作ってシミレーションしていたので(今回はじめて作ってみた)

手持ちの150家族をすべて飾るとこんな感じ
これはこれでオモイが溢れていいかなと思いましたが、さすがに人が入れないのはどうかなと

泣く泣く半分に減らして、天井からも吊るしてこんな感じの展示にさせていただきました
被災地、被災地や関東から避難した家族を中心に
関東のモデルさんも来場する可能性がある家族も飾らせていただき
71家族にさせていただきました
飾れなかった家族の方々、スミマセン m(__)m
福島県いわき市から奈良に家族で避難された出品作家、彫刻家の安藤栄作さん
彼が震災のあと、、
「3・11を超える作家たちへ」安藤栄作
表現者たちに呼びかけたFacebookの投稿↑
これを見て触発されダキシメルオモイをはじめました
安藤さんと同じ会場で展示出来ること、光栄なことです

鳳凰(右側)と王様と王妃の像
背景の絵も
工房で立たせることが出来なくて会場ではじめて立たせたとは思えないほど会場に自然と調和して空間に収まっていました
もやい展も初回から参加させていただいて3回目なので、
参加アーティストと もやえないかなぁ、何か出来ないかなと考えていて
今まで描いてきたお母さんたちに花を捧げたい
いろいろなところで家族の暮らしを支えているお母さんたちに
花を一緒に捧げてもらえる作家さんいないかなと

もやいでご一緒する野花をモチーフに表現する現代アーティストの冨士原史香さん
草花や苔を持ちこんでの作品、実物を観て欲しかったひとつ
史香さんに事前に伝えてみたら、花が現地で調達出来たら可能だけど、、、生花は生きているから長期の展示には難しいかなぁ
と計画が頓挫するかに見えたその時、、、

もやいの神が現れました!
会場に小林よしのり先生からのお花が!
どなた繋がりかわかりませんが何本かお裾分けしていただきまして

冨士原史香さんとのコラボレーションも実現しました
もやいの神さまありがとうございます☆
よしりん先生ありがとうございます☆


宮城県仙台市閖上にて息子さんを津波で亡くされたお母さんにも

福島から家族で京都に避難されたお母さんにも

福島に暮らすお母さんにも

福島から関西に母子避難されたお母さんにも

気仙沼に暮らすお母さんにも

福島から水戸に家族で避難移住された家族のおばあさん(97)にも

東京に暮らす家族の娘さんにも(こちらは娘さんになりました)

福島から京都に母子避難された家族のお母さんにも
右手にお花

茨城に暮らすお母さんにも

埼玉から和歌山へ母子避難されたお母さんにも

福島から東京に避難されたお母さんにも

福島から東京に母子避難されたお母さんにも

福島から東京に母子避難されたお母さんにも

会期中にお母さんたちにお花を捧げてもらいました(4月5日~7日?)
お母さんたちからお話をいろいろ聞いているので、
史香さんがお母さんたちに花を挿してくれている姿を見て、こみ上げる物があり会場で思わず泣きそうになりました、、、
冨士原史香さん、もやっていただき有り難うございました☆
本当はすべての家族に捧げたいところでしたが
今回飾れなかった方々、スミマセンでしたm(_ _)m
小林よしのり先生、もやい展にお花ありがとうございました
思いがけず、よしりん先生とも間接コラボ出来て嬉しかったです

福島県から大阪に母子避難された森松明希子さんのダキシメルオモイも会場に

著書『災害からの命の守り方~私が避難できたわけ~』と一緒に展示させていただきました
1月に発売されて、4月に重版決定だそうです
これを読んでいる方、お近くの図書館にリクエストを出してください、そうすればよりたくさんの方の目に留まるということでみなさま、リクエストお願いします









会場に来ていただいたモデルさん家族
皆さんいい笑顔をされていました
ご縁を繋いでいただきありがとうございます
私が生きている間に解決しない原発問題
何万人という人が原発事故で暮らしが変わりました
もう二度と同じオモイをする家族を出したくはない
そのためにも
ひと家族ひと家族のオモイと顔が見えるように
これからも出会う家族の姿を
ボディーブローのように描き続けていきたい
それぞれのオモイと受け継がれてきた願いを
麻布に描き伝えていきたい
なかったことにさせない
もやい展、開催に向けて力を貸していただいた、たくさんのみなさま
会場に来場してくれたみなさま
気にかけてくれたみなさま
ありがとうござました
ダキシメルオモイ
小林 憲明
追伸

今回のもやい展、音楽と演劇とご一緒させていただきました
東北6県ロールショーを率いる白崎映美(しらさきえみ)さん、上々颱風シャンシャンタイフーンのボーカルとして長年活躍されてきました(今回まで、聞いたことがなかった、スミマセン汗)
東日本大震災、原発事故以降、同じ東北のひとつである山形出身として何か出来ないか

そのとき青森出身の木村友祐(きむらゆうすけ)さん著書『イサの氾濫』を読んで
まつろわぬ民だった東北の魂を呼び戻せと『東北6県ろ~るショー』を立ち上げて被災地を歌で励ましてまわったそうです。
もやい展の直前youtubeでたくさん見て、白崎さんの心を動かした『イサの氾濫』も取り寄せて読んでみて
なにかもやえないか、
僕は6県に入っていない越後、新潟出身ですが、東北にオモイを寄せるひとりとして、こちらも何か出来ないか
今回のアンサーとして、、、

ダキシメルオモイを描く前、かえるを描いたりお面とか作っていたときの自作の『蛙ヘルメット』(2005年)を引っ張り出してきて
会期中かぶっていました。かえるの展覧会場では常にかぶっていたのでひさしぶりの出番。

こちらは能の演目に蛙があったらと仮定して創った『蛙面(かえるめん)』(2005年)
世の中に憤慨する様とのも求愛する様とも

29歳のとき、脱サラした直後に描いた『咲蛙(さきかえる)』(2003年)
ふたたび絵の世界に戻った嬉しさで胸をふくらます蛙と先行きに立ち込める赤い雲

かえる葉書、60種類ほど描いてポストカードで種を撒くように売っていました
なんでこの人は蛙の被り物をして会場にいるのか不思議に思った方もいたかもしれませんが
これも今回のもやい展のコラボのひとつでした^ ^
お世話になりました
無事、滞りなく終わりました。

2021年タワーホール船堀 なんと8日間で来場者4233名、
たくさんの方々にもやっていただきました
今回は美術、芸術だけでなく演劇、音楽の、ジャンルの違う表現者たちがそれぞれの力を持ち寄って開催した
” もやい展 ” よりたくさんの人たちの心に直に働きかけることが出来ました
表現者のこうした力がこれからもっと必要になってくるなぁと実感した展覧会になりました

搬入前に会場の船堀地区の氏神様である船堀日枝神社に、船堀の地での もやい展の開催を報告、8日間の無事をお願いしました
いつもの展覧会前ルーティン
高鳴る気持ちを鎮めてから会場入り

広いホールを11分割したうちのひと区画、ダキシメルオモイにいただいた場所になります

事前に同寸法のミニチュアを作ってシミレーションしていたので(今回はじめて作ってみた)

手持ちの150家族をすべて飾るとこんな感じ
これはこれでオモイが溢れていいかなと思いましたが、さすがに人が入れないのはどうかなと

泣く泣く半分に減らして、天井からも吊るしてこんな感じの展示にさせていただきました
被災地、被災地や関東から避難した家族を中心に
関東のモデルさんも来場する可能性がある家族も飾らせていただき
71家族にさせていただきました
飾れなかった家族の方々、スミマセン m(__)m
福島県いわき市から奈良に家族で避難された出品作家、彫刻家の安藤栄作さん
彼が震災のあと、、
「3・11を超える作家たちへ」安藤栄作
表現者たちに呼びかけたFacebookの投稿↑
これを見て触発されダキシメルオモイをはじめました
安藤さんと同じ会場で展示出来ること、光栄なことです

鳳凰(右側)と王様と王妃の像
背景の絵も
工房で立たせることが出来なくて会場ではじめて立たせたとは思えないほど会場に自然と調和して空間に収まっていました
もやい展も初回から参加させていただいて3回目なので、
参加アーティストと もやえないかなぁ、何か出来ないかなと考えていて
今まで描いてきたお母さんたちに花を捧げたい
いろいろなところで家族の暮らしを支えているお母さんたちに
花を一緒に捧げてもらえる作家さんいないかなと

もやいでご一緒する野花をモチーフに表現する現代アーティストの冨士原史香さん
草花や苔を持ちこんでの作品、実物を観て欲しかったひとつ
史香さんに事前に伝えてみたら、花が現地で調達出来たら可能だけど、、、生花は生きているから長期の展示には難しいかなぁ
と計画が頓挫するかに見えたその時、、、

もやいの神が現れました!
会場に小林よしのり先生からのお花が!
どなた繋がりかわかりませんが何本かお裾分けしていただきまして

冨士原史香さんとのコラボレーションも実現しました
もやいの神さまありがとうございます☆
よしりん先生ありがとうございます☆


宮城県仙台市閖上にて息子さんを津波で亡くされたお母さんにも

福島から家族で京都に避難されたお母さんにも

福島に暮らすお母さんにも

福島から関西に母子避難されたお母さんにも

気仙沼に暮らすお母さんにも

福島から水戸に家族で避難移住された家族のおばあさん(97)にも

東京に暮らす家族の娘さんにも(こちらは娘さんになりました)

福島から京都に母子避難された家族のお母さんにも
右手にお花

茨城に暮らすお母さんにも

埼玉から和歌山へ母子避難されたお母さんにも

福島から東京に避難されたお母さんにも

福島から東京に母子避難されたお母さんにも

福島から東京に母子避難されたお母さんにも

会期中にお母さんたちにお花を捧げてもらいました(4月5日~7日?)
お母さんたちからお話をいろいろ聞いているので、
史香さんがお母さんたちに花を挿してくれている姿を見て、こみ上げる物があり会場で思わず泣きそうになりました、、、
冨士原史香さん、もやっていただき有り難うございました☆
本当はすべての家族に捧げたいところでしたが
今回飾れなかった方々、スミマセンでしたm(_ _)m
小林よしのり先生、もやい展にお花ありがとうございました
思いがけず、よしりん先生とも間接コラボ出来て嬉しかったです

福島県から大阪に母子避難された森松明希子さんのダキシメルオモイも会場に

著書『災害からの命の守り方~私が避難できたわけ~』と一緒に展示させていただきました
1月に発売されて、4月に重版決定だそうです
これを読んでいる方、お近くの図書館にリクエストを出してください、そうすればよりたくさんの方の目に留まるということでみなさま、リクエストお願いします









会場に来ていただいたモデルさん家族
皆さんいい笑顔をされていました
ご縁を繋いでいただきありがとうございます
私が生きている間に解決しない原発問題
何万人という人が原発事故で暮らしが変わりました
もう二度と同じオモイをする家族を出したくはない
そのためにも
ひと家族ひと家族のオモイと顔が見えるように
これからも出会う家族の姿を
ボディーブローのように描き続けていきたい
それぞれのオモイと受け継がれてきた願いを
麻布に描き伝えていきたい
なかったことにさせない
もやい展、開催に向けて力を貸していただいた、たくさんのみなさま
会場に来場してくれたみなさま
気にかけてくれたみなさま
ありがとうござました
ダキシメルオモイ
小林 憲明
追伸

今回のもやい展、音楽と演劇とご一緒させていただきました
東北6県ロールショーを率いる白崎映美(しらさきえみ)さん、上々颱風シャンシャンタイフーンのボーカルとして長年活躍されてきました(今回まで、聞いたことがなかった、スミマセン汗)
東日本大震災、原発事故以降、同じ東北のひとつである山形出身として何か出来ないか

そのとき青森出身の木村友祐(きむらゆうすけ)さん著書『イサの氾濫』を読んで
まつろわぬ民だった東北の魂を呼び戻せと『東北6県ろ~るショー』を立ち上げて被災地を歌で励ましてまわったそうです。
もやい展の直前youtubeでたくさん見て、白崎さんの心を動かした『イサの氾濫』も取り寄せて読んでみて
なにかもやえないか、
僕は6県に入っていない越後、新潟出身ですが、東北にオモイを寄せるひとりとして、こちらも何か出来ないか
今回のアンサーとして、、、

ダキシメルオモイを描く前、かえるを描いたりお面とか作っていたときの自作の『蛙ヘルメット』(2005年)を引っ張り出してきて
会期中かぶっていました。かえるの展覧会場では常にかぶっていたのでひさしぶりの出番。

こちらは能の演目に蛙があったらと仮定して創った『蛙面(かえるめん)』(2005年)
世の中に憤慨する様とのも求愛する様とも

29歳のとき、脱サラした直後に描いた『咲蛙(さきかえる)』(2003年)
ふたたび絵の世界に戻った嬉しさで胸をふくらます蛙と先行きに立ち込める赤い雲

かえる葉書、60種類ほど描いてポストカードで種を撒くように売っていました
なんでこの人は蛙の被り物をして会場にいるのか不思議に思った方もいたかもしれませんが
これも今回のもやい展のコラボのひとつでした^ ^
お世話になりました